楽しいや可愛いでは、カバーしきれなかった労働

以前、保育士をしていましたが今はもう退職してしまい、他の仕事についている者です。


私は自分が長女で、兄弟も下の子たちがいた為、昔から小さい子の面倒をみる機会が多くありました。

物心つく頃には、大人になったら保育士になりたいと思っていました。

小さい頃にピアノも習っていましたし、小さい子の面倒をみるのいは慣れていたので保育士になることを楽しみにしていました。

大学にも通い、国家資格を取ったりと道のりは大変でしたが保育士になれた時は嬉しかったです。

ですが、現実は思っていた以上の重労働でした。

朝は親御さんからの連絡などがくる為、6時には出勤していなければなりません。

0才から6才の乳幼児なので、働いている間はいっときも気をぬくことが出来ないですし、当たり前ですが目が離せません。

ぐずりだしてしまう子もいる中で、その子の相手をしてる間にも周りに常に目を向けておく必要があります。


絵本やおもちゃなどで遊んだり、トイレの面倒も。

体調が悪くなってしまった子がいると、当然親御さんにお知らせしなければなりませんが、電話をする前は腹を決めてからでないと無理でした。

人によっては保育園のせいにしてくる方もいらっしゃいます。


乳幼児なので、いつ何が起きるかわかりません。


もともと喘息持ちの子や病弱な体質の子、暑さに弱かったり寒さに弱かったりする子ももちろんいます。


一人一人に最新の注意を払い、安心して預けてもらえるようにできる限りのことは尽くしていましたが

それでも人手不足なのもあり、残業が続いたり、運動会などのイベントがある期間はまさに過酷な労働環境だったと思います。

大きな事件や事故があったとか、嫌がらせがあったわけではありませんが、自分の中の体力と気力が先に尽きてしまい
結果、やめることとなりました。

仕事内容や時間も原因ではありましたが、次第に子供の面倒をみること自体が、負担になっていたかもしれません。


私のメンタルが弱かったのかもしれません。

今となってはあの当時はもう思考が停止していたかのように思います。

以上です。