夢だった保育士。しかし現実は甘くなかった。

子どもの頃からの夢を叶えるべき、資格取得をして保育の世界に入りました。学生時代に実習を経験していたので、現場の様子は理解していたつもりだったのですが…。たった数週間の実習では表面的な部分しか見えて居なかったのです。

環境によって異なると思いますが、私が働き始めたのは就職氷河期の頃。正規職員として就職ができなかったので、非常勤職員として勤め始めました。

入ってすぐ「保育」の仕事ではなく、殆どが「雑務」です。子どもの排泄の始末や、食べこぼしの掃除ならば、まだ子どもと接することができるので良い方です。一日中、庭の草取りや畑仕事なんてこともザラでした。

「私は保育士として働いているの?」という疑問を抱きながらも、「新人なのだから下っ端仕事は仕方ない」と思うようにしてました。だがこの環境がしばらく続きました。非常勤職員には「保育」を学ぶチャンスすら与えてもらえませんでした。

退職者が増えても新規に職員を採用しないので、必然的に人員不足になります。すると自ずと非常勤職員数が増えていき、クラスを受け持つようになります。しかし保育士として先輩から教えられることなくきたので、突然クラスを受け持つのには相当なプレッシャーでした。

なにせ人員不足です。先輩のフォローも殆どありません。日々「これでいいのかな?」と思いながら、子どもの保育、書類作成、発表会の衣装づくりなどの業務をこなしました。しかし業務とは言えども、子どもがいる限り保育を怠る訳にはいきません。

必然的にそれらの業務は持ち帰りの仕事となります。もちろんサービス残業で。そこで思ったのです。「正規の職員は同じ仕事をしていうるのに、給料は私より多く貰っている。それに引き換え私は…時給800円(当時)、昇給なし、賞与無し、割に合わないな」と。

好きな仕事をしているのだから、収入が低くても仕方ないと思うようにしてましたが、はやり背に腹は代えられない。安定した生活費が確保できないと、いろいろな不安がつきまといます。

そして決定打だったのが、仕事のストレスから体調を崩してしまいました。入院を伴う症状だったので仕事もしばらく休まざるを得なくなりました。当然、非常勤職員なので保障もありません。

収入は途絶え、医療費もかかり、いつ契約が切れるかわからない綱渡りのような生活に嫌気がさすようになりました。もちろん収入が全ての原因ではありませんが、自分の気持ちが冷めてしまったので仕事を続けることは難しくなりました。

これがきっかけで、一旦は保育の現場から退くこととなりました。(その後、他の施設で再就職しましたが現在、体調を崩して休職中です。今後の進路について迷っている最中です)